司法試験合格のためにはじめに身に着けるべき「基礎・基本」とは?

司法試験の勉強では、「基本が大切だ」「基礎を理解、記憶しないといけない」と、よく言われますよね。
ですが、何が「基礎・基本」なのか、どのように「理解」しなければいけないのかがわからないと、授業で大事と言われたところをすべて暗記しなければいけない、と勘違いしてしまいます。
その結果、「論点を暗記しまくる」という非効率的な学習に走ってしまい、合格から遠ざかる人は少なくありません。
そこで、司法試験の学習を始めるにあたり、「基本」が何なのか、どのように「基本」を身に着けるかということをまとめました。ご参考になれば幸いです。

法律学における「理解」とは「具体と抽象を行き来する能力」のことである

前提として、法律学における「理解」について。理解とは、「具体と抽象を行き来する能力」を意味します。
例えば、ある法律用語について、それが理解できている、と言えるためには、その単語の意義(定義)が説明できる必要があります。そして、その定義を、具体例とともに説明できて、初めて「理解」していると言えるのです。
逆に、ある具体的な問題について、理解できると言えるためには、その問題文の具体的な内容から、論点を抽出し、論点について抽象論を用いつつ説得的に論じれることが必要です。

法律は抽象論が多く、法律初学者の方は、「わかったようでわからない」という現象が生じがちです。その場合、まず抽象的な概念の典型例を思い浮かべられないことが多いです。
学習に際しては、必ず抽象的な法律論とともに、それが適用される典型例を併せて想起しましょう。

また、本記事で詳述はしていませんが、論理の説得性に関する理解について。
ある論理(例えば、判例の規範と理由付け)の説得性の理解は、字面をただ追うだけでは困難です。
別の論理(例えば、他の学説、自分の頭ででっちあげた結論と理由)を仮定し、双方のメリット、デメリットを比較することが、ある論理の説得性の理解に繋がります

法律学における「基礎・基本」とは

法律学の「基本」について、司法試験受験指導校の講師の方々の見解を見てみましょう。

どの講師の方々も、おっしゃることは同じですね。

法律概念の意義と典型例、条文の趣旨と典型例

以上を踏まえると、「基礎」とは、

  • (法律概念、法律用語の)意義(=定義)
  • 意義の典型例
  • (法制度、条文の)趣旨
  • 趣旨の典型例

になります。

一つ一つ、具体例とともに見ていきましょう。

「基礎」の例:憲法21条1項の「表現の自由」

憲法21条1項は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定します。

ここで「表現の自由」という法律概念ないし法律用語について、意義典型例を確認します。

また、憲法21条は「表現の自由」を「保障」しています。この趣旨及び、条文が想定している典型例を確認していきます。

(法律概念、法原理、法律用語の)意義(=定義)

意義とは、短い単語で表現される法律用語等を少し具体化したものです。法律用語等は、海外の単語の翻訳により生まれたものが多く、社会一般常識的な表現とは少しずれていることがあります。そのため、字面から意味が推測できないものが少なくありません。したがって、意義を正確に理解することは極めて大切です。

意義は、基本書に載っています。基本書によって、微妙に表現が異なることがあります。その場合、基本的には一言一句記憶する必要はなく、自分にとってしっくりくる表現で覚えてしまいましょう。
また、意義が字面と異なる意味を有する場合には注意が必要です。字面と異なるポイントを意識した上で、理解して記憶します。

本件で意義を見るに、
「表現の自由」とは、内心の思想や信仰を外部に表現し、他者に伝達する自由を言います(芦部信喜・高橋和之補訂「憲法」【第5版】岩波書店、渡辺康行他「憲法Ⅰ基本権」日本評論社参照)。

字面と異なるポイントとしては、内心の思想・信仰のみが表現の対象となっている点です。これと離れた、単なる事実は対象となりません。
「なるほど、『これはペンです』といった事実の表現は、『表現の自由』の対象ではないんだな」と分かります。

意義の典型例

「表現の自由」の典型例は、個人の表現であれば、「道を友人と散歩中、芸能人の覚せい剤事件に関する処遇について意見をする(厳罰に処すべきだ!/いやいや刑罰ではなく治療をすべきだ!etc.)」といった例が考えられます。

典型例は、基本書に載っていれば、それを覚えてしまいましょう。
一方で、基本書に典型例が載っておらず、かつ典型例のイメージも沸かない場合があります。ですが、典型例を意義と合わせて記憶しないと、「理解」したとは言えません。
そこで、5w1hを意識して、典型例を自ら考え、意義と合わせて記憶することとなります。

そして、典型例を考える上で参考となるのは、有名判例や、問題文の事案です。
ここで、判例や問題文の事案は必ずしも典型的なものではなく、やや特殊な事案であることも少なくありません。そのため、事案の特殊性を割愛し、シンプルにそぎ落として、それを典型例として記憶するのがおススメです。

例えば、表現の自由に関する有名判例で、吉祥寺駅構内ビラ配布事件判決(最判昭和59年12月18日)があります。
この判例の事案では、
昭和51年5月4日夕方ころ(when:いつ)、
複数の一般人が(who:誰が)、
ある刑事事件について冤罪を訴えるため(why:なぜ)、
冤罪の主張および被告人救援活動への参加呼びかけを(what:何を)、
看守の反対を押し切りビラ配布や拡声器を用いて(how:どのように)、
吉祥寺駅構内で(where:どこで)、
行った表現行為が問題となりました。

この判決の事例は、「複数の一般人が(who:誰が)」「看守の反対を押し切りビラ配布や拡声器を用いて(how:どのように)」「吉祥寺駅構内で(where:どこで)」という点にやや特殊性があります。
そのため、典型例として記憶の対象とするためには、ここを「友人同士で」「雑談で」「道端で」といった形に変えるといいでしょう。そして、内容を少し現代風にアレンジすれば、上記の典型例である、
「道を友人と散歩中、芸能人の覚せい剤事件に関する処遇について意見をする」
が完成します。

(法制度、条文の)趣旨

法制度や条文の存在理由趣旨と言います。法制度や条文が存在する理由は様々です。

核となる超基本的な法制度や、それを体現する条文もあれば、
典型例から少し事案がずれた場合における問題点をあらかじめ整理しておこうという少し応用的な条文
さらには、過去に裁判でバチバチに問題となった論点について、判例の内容を反映させたような言わば応用的な条文もあります。
区別は難しいですし、初学者のうちから厳密に考える必要はありません。
学習の目安としては、まずは各単元の初めの方に出てくる条文から、意義と典型例を併せて学んでいきましょう。

法制度や条文の趣旨は、基本書や著名判例の判旨、逐条解説(=コンメンタール)に様々な表現で載っています。こちらも一言一句正確に覚えるのではなく、自分に合ったしっくりくる言葉で説明できればいいでしょう。
法制度や条文の存在理由である趣旨を理解する上でのポイントは、逆に法制度や条文が存在しない場面を想像してみることです。
「この法制度や条文がなければ、どのような帰結になるだろうか?」という視点で考えることで、趣旨を深く理解することができます。

本件で、21条1項が表現の自由を保障する趣旨は、
①自由な表現活動によるコミュニケーションが、個人の人格の発展(≒自分らしさを磨く)に不可欠であるという個人的な価値を有する(自己実現の価値
②言論活動は、国民が政治的意思決定に関与し、ひいては民主制に資するという社会的な価値を有する(自己統治の価値
③ある思想の正しさは、他の思想との自由競争によって暫定的に確証されるべきものであり、不人気な思想といえども「市場」への登場を拒んではならない(「思想(言論)の自由市場」論)
といった点に基づきます。

また、さらに趣旨を深く理解するうえで、表現の自由が保障されていない場面を想像してみます。

この点、戦前の日本を想像すると分かりやすいでしょう。
明治憲法29条は「日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス」と定めていました。つまり、法律によって表現の自由がいかようにも制限できるという、「法律の留保」がされていました。
また、これを受けて1925年に治安維持法が成立し、1928年の改正では「國體(こくたい)ヲ変革スルコトヲ目的」とした「結社ノ目的遂行ノ爲(ため)ニスル行爲(こうい)ヲ爲(な)シタル者」に対して刑罰が科されることが規定されました。
これにより、「国体(=天皇主権)を変革することを目的」とする、すなわち国民主権を前提とした自由主義、共産主義的な表現行為が全て処罰の対象とされていました。
同条は拡大解釈がなされ、例えば本を読んで議論している学生を絵画に描いただけで、逮捕されてしまったという被害者の体験談があります。

このような戦前の日本では、自分で考えたことに基づき行動したり、考えを人に話すことが委縮してできません。
その結果、お上からの考えを無批判に受け入れる、無個性な人間となってしまい、自分らしさを磨くことができません(趣旨①:自己実現ができない)。
また、政治的意見を言えず、統治される側の人間どまりです(趣旨②:自己統治ができない)。
さらに、思想の自由市場がなく、誤った思想が蔓延してしまいます(趣旨③:思想の自由市場が失われる)。

ここまで考えると、趣旨に関する理解が深まりますね。

趣旨の典型例

先の具体例によって、趣旨がどのように奏功しているかを見ていきます。

「道を友人と散歩中、芸能人の覚せい剤事件に関する処遇について意見をする」行為により、

自分の考えを話すことそれ自体が、自分らしさの表現になります。また、考えを話すことで思考がまとまる等、より自分らしさを磨く(=人格を発展させる)ことができます(趣旨①:自己実現の価値)。
また、相手に自らの考えを訴えかけることで、相手が共感すれば、同じ考えを持つ政治家に投票をする等の行動に繋がり、政治的意思決定に関与したこととなります(趣旨②:自己統治の価値)。
さらに、相手が違う意見を有していたとしても、議論して理由を相互に伝え合うことで、双方の思想がより洗練され、より正しい思想が生まれる可能性があります(趣旨③:思想の自由市場)。

このように、趣旨が奏功している具体例を併せて想起できるようになって初めて、法制度や条文の趣旨を理解したといえます。

論点は「基礎・基本」ではない!論点は典型例と比較して考え、理解していく

繰り返しになりますが、「基礎」とは、

  • (法律概念、法律用語の)意義(=定義)
  • 意義の典型例
  • (法制度、条文の)趣旨
  • 趣旨の典型例

になります。

一方で、いわゆる論点は、基礎ではありません。そのため、論点は基礎と異なり、基本的に暗記の対象ではありません

論点とは、基礎的な典型例と異なる具体的場面における問題点を言います。

社会では様々な事実関係から無数の争いが生じるため、その一つ一つを完璧に網羅する法制度や条文は作れません。そして、典型例から外れた具体的場面が発生すると、論点として問題となるのです。

例えば、「芸能人の覚せい剤事件に関する処遇」といった政治的思想の表現ではなく、「うちの作ったぬか漬けは美味しいから、値段は高いよ」といった営利的思想の表現であったら、これは表現の自由として保障されるでしょうか。あるいは、保障されるとして、政治的思想の表現と同程度に強く保証されるべきものでしょうか。
このような、典型例から少しずれた場合に、どのような結論になるのか、その理由はなぜか、というのが論点です。
論点に答えるには、

意義にあてはまるか
趣旨がどこまで妥当するか

といった視点から、自分の頭で考えて、結論と理由を説得的に論じる必要があります。
論点を自分の頭で考えて説得的に論じることができるようになる、より具体的な方法論はこちらで解説されています。気になる方はご覧ください。

「基礎・基本」の身につけ方

基本書の読み込み

基本書の読み込みをする際にはポイントがあります。それは、書いてあることが「基礎」なのか、「論点」であり自分の頭で考えるべきものなのかを区別しながら、メリハリをつけて読んでいくことです。
基礎を大切に、時間をかけて理解・記憶することを意識する一方、論点は初学者のうちは優先順位を下げ、基礎と比較しつつ読み進めていくことが大切です。

また、典型例を必ず意識してください。
学者の方々の文章は抽象的な記述でも、理路整然としていて分かりやすいため、読みやすく理解した気になることがあります。ですが、典型例を併せて理解し、自分の言葉で具体と抽象を行き来できないと、理解したことにはなりません。

問題演習

問題演習のポイントは、問題に出てくる具体的場面を典型例として記憶してしまうことです。

なお、問題に出てくる具体的場面は、「基礎」である典型例とは少しずれたものが少なくありません。
その場合に、この具体的場面を、論点の具体例として捉え、論点を深く理解するための道具として記憶することも有益です。

終わりに:自分の大学院での挫折体験

今回「基礎」とは何かを詳述させていただきましたが、この背景には僕自身の挫折体験があります。

僕は司法試験の学習開始時、法律の学習はもっぱら受験指導校を利用していました。そして「論点含め全暗記」というスタンスで勉強をしていました。理由は、それ以外の学習方法を知らなかったからです。
その結果、法科大学院入試は何とかパスしたものの、そこからが全く伸びませんでした。
法科大学院で学ぶ論点を暗記しようとしても、論点の論理が複雑で理解ができませんでした。なんとなくわかったつもりでも、丸暗記した論点と少し異なる事例が問われたら全く答えられない。そんな情けない非効率的な学習をしていました。加えて、抽象的な論点ばかりの暗記は、勉強が楽しくない
そんな中、法科大学院の友人たちは、「基礎」を固めると、後は難しい事例の論点を自分の頭で楽しそうに考えていました。彼ら彼女らは、現役で優秀な成績で司法試験をパスしていきました。

一方で僕はというと、二度目の司法試験合格の直前から、ようやっと基礎を積み重ねて、自分の頭で考える法律学の楽しさに気づき始めました。その後司法試験になんとか合格し、そして現在、司法修習生として、出会った事件に対し、「基礎・基本」を土台に、自分の頭で考える興味深い学習をさせていただいています。

基礎がおろそかだと考えることは難しいため、基礎について理解と記憶は必要です。ですが、論点まで暗記で対応しようとすると、きりがないですし、いつまでも法律学の本質を理解することはできません。
これを読んだ皆さまには、早いうちから論点の暗記学習から脱し、「基礎」が何かを見極め、効率的かつ楽しい勉強をしてもらえたら幸いです

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